一生、学生。

社会人学生の充実した日々を綴ります。学びで人生を豊かに。

愛犬の旅立ちをそっと胸に刻む

今朝、母から家族LINEに連絡があった。

「ポッキーが天国に旅立ちました。」

ポッキーとは、17年間苦楽を共にしてきた愛犬ミニチュアダックスだ。

寝起きに突然の訃報で頭が混乱した。

メッセージには写真が添えられており、安らかな表情をしている。

目を真っ赤にした父がポッキーを抱き上げている写真もあった。

 

本当に死んでしまったのか。

 

今年の6月頃から歯槽膿漏が原因で顎骨がずれてその痛みで鳴いて救急に連れて行ったり、最近は後ろ足がうまく機能しなくて、匍匐前進のように歩くことも多かったそうだ。ここ一週間食が急に細くなり、父親が食べるスイカにいつもならおねだりをするポッキーが全く反応しなかったようで、2,3日前からいよいよ水も飲めなくなったようだ。

死期は確実に近づいていた。

 

文体からお察しの通り、私は直接状況を見れていない。

というのも、私は結婚を機に実家から遠く離れたところに住んでいる。

帰りたいな、この夏を乗り越えられるかわからないな、そう思ってコロナウイルスの患者数速報を見てはもどかしい思いをずっと抱いてきた。

もう5か月近くポッキーに会えていないからやばいぞ!と思っていた矢先のことだった。

 

死んだ事実を受け入れられることは到底できないが、今の私に何ができるだろうか必死に考えた。夫に泣きながらLINEをしたら、実家で最期のお別れをちゃんとしてきたら?と言ってくれた。政府よ、これは不要不急じゃないんだよ!!!

急いで両親に火葬の時間を訊いた。

母「これからペット葬業者に電話するところ。」

私「今から新幹線に乗ったら昼14時に実家につく。帰りたい。」

弟「俺も上司に立ち会ってこいと許可もらえた。」

母「いいよ、私たち両親が皆の分までポッキーを見送るから。夏だし遺体を長く置いておけない。」

母「10時半に引き取りにきてもらうことになった。」

 

あと1時間少しでポッキーは育った家を出て行ってしまう。私はベランダに出て青空を見上げて祈ったり、これまでの写真や動画をかき集めることしかできなった。

行かないで。会いたいよ。

 

私「とりあえず、毛を少し取って置いてくれないかな。」

兄「俺の分も。」

母「丸刈りになってしまうがな!」

なんてやりとりを挟みつつ、あれよあれよという間に両親は何とか出棺の準備を整えた。ドッグフード、大好きなおやつやおもちゃ等。

 

母「ベトナムで買ってきたノンラーもかぶせてあげようか。」

 

母娘でベトナム旅行に行った時、犬にぴったりな大きさのミニノンラーがお菓子のおまけでついていて、飼い主&飼い犬でお揃いにできると想像して嬉々と購入して帰った。

ポッキーも珍しく脱ごうとせずにかぶっていてくれる、おそらくお気に入りのアイテム。

 

私「探検隊みたいな格好になってない?」

母「気に入ってたし、かぶせて見送るわ。」

 

棺の写真が送られてきて、

母「引き取りに来ました。いよいよお別れ。17年間、嬉しいこと、悲しいこと全て受け止めてくれた。」

父「静かに旅立ちました。父さんと母さんで見送りました。実家の方角を向いて合掌しておいて。ワン」

 

両親は私たち兄弟がなるべく悲しまないように気丈に振舞ってくれていたが、自分たちだって胸中はとてつもなく辛いはずだ。

 

母から個人的にLINEが来た。

「父さんが寂しそうやわ。テレワークの時、机の下に潜り込んで一緒に出勤してたからもういないとなると辛そう。二人は家族を共に支えてきた戦友みたいな関係じゃないかな。涙、涙のお見送りでした。これから朝晩の散歩もなくなったし、父さんがぬいぐるみを連れて散歩しようかと言っているよ。」

 

やっぱり。家族を失って大丈夫な訳がないよ。

 

母だってそう。祖母の介護とポッキーのケアで行ったり来たりで体力的にも精神的にも大変な時期だった。

「婆ちゃんがもっと悪化してしまう前に、お母さんを気遣って死ぬ順番を守ってくれたのかな。」

続いて明け方までの様子を語りだした。

「昨夜、いつもと違う鳴き声で夜通し鳴いていた。認知症の症状かと思っていたけど、今思えば錯乱状態に入っていたのかも。夜中3時くらいに痙攣を起こして、朝方5時にうんちしているような気がしてオムツを見たらねっとりしてる便やった。死ぬ少し前に便を出すと聞いていたからやばいと思った。そのまま7時に息を引き取ったよ。最期を看れて後悔ないわ。夜中に膝の上に乗せたら、首がガクガクして倒れそうやったんで顔を支えてあげたら、子犬の時の表情で思わず可愛いなあと言ってやったよ。まさかこうなるとは。」

死がすぐそこまで近づいていることをポッキー自身が悟っていて、意識が薄らいで目もろくに見えず怖くて鳴いていた時に母が抱えてくれたから一瞬安堵の表情を浮かべたのかな。

 

父がテレワークで、かつ母が実家にいる日で良かった。欲を言えば、私もあと一回会っていっぱい撫でて時間を少しでも長く共有しておきたかった。コロナ禍の遠距離ったら本当に容赦ない。

 

私にとって、ポッキーとは家族だし親友だし恋人だし私の一部。

出会いは私が中学3年生の時。近くのショッピングモールでペット販売のイベントがあるということで、受験勉強の息抜きに母に連れて行ってもらった。たくさんの犬がいる中、私はポッキーと目が合った。可愛い。すごく可愛い。

「お母さん、この子を連れて帰りたい。」

「今日は買うつもりで来たんじゃないよ。見に来ただけ。」

「私の受験勉強の時間を返してよ。」

反抗期混じりの意味不明な拗ね具合に母は根負けして、私は見事ポッキーを連れて帰った。とっても小さくて、ドーナツのような箱に入れて持って帰ったな(今ではミニチュアとは言い難いくらい良いガタイになりました!)。突然犬が家族に加わって父は驚いたそう。茶色くて長いので名前はポッキーに決まった。

この出会いのエピソードを父は何回も話す。私がポッキーと出会ったきっかけを作ったのだと。結婚式の電報の差出人がポッキーでこの内容が書かれてあったな。「あの時僕を選んでくれてありがとうワン。」って。分かりやすすぎるよ。式場スタッフさんも犬から電報がきた人は初めてですねと笑っていた。私はこのお茶目な不意打ちにメイク前から笑い泣きでぐしゃぐしゃだった。ポッキー中心の家族なのでね、すみませんねえ。

 

ポッキーが家族に加わって早々、反抗期3人で荒れる我が家を優しく包んでくれた。

私が兄弟喧嘩で自室で泣いていると、廊下をカチャカチャ音を立てて彼はやってきた。ドアを鼻で開けて心配そうに顔を覗きこんでくる。言葉を話せないけど、彼はそばにいてただただ寄り添ってくれた。ホッとする温もりが懐かしい。また母と弟が戦っているときは、空気を感じ取ってカチャカチャと私の部屋に助けてと言わんばかりに避難してくる。忍び足ができないところが愛おしい。ドアの前では必ずフンッ!と鼻を鳴らし、彼なりのノックをしてくれる。なんて紳士な犬なんだ。

 

ここで親ばかエピソードをひとつ。

大学で下宿していて、お盆に帰省したときのこと。ホームから待ち合わせの改札に向かっていると、改札の外で人が抱えていた茶色の物体が飛び出してピューンと改札を抜けてくる。階段を上がって私に飛びついた。ポッキーだ!両親も私も気付いていなかったのに、ポッキーは私を誰よりも早く見つけてくれた。なんて可愛いやつなんだ。

 

色々思い出そうとしてみるのだけど、ああ、もうポッキーはこの世にいないのか。

実家に帰ると鼻歌のようにポッキー♪と口ずさんでしまうので、がらんとしたポッキーのいない家に耐えられるだろうか。次の姿は骨壺に入った彼。

両親がポッキーが居た場所を見るのが辛くて、遺体引き取り後すぐにゲージを片づけてしまったらしい。

悲しいけれど、ポッキーが心の中で永遠に生き続けてくれることを信じて私たちは前に進むしかない。

忘れないように、新鮮な思いを残して見返せるように、つらつらとはてなの筆を執ってみた。

 

ポッキー、ずっと大好きだよ。

 

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はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」